昨年、八尾市の「茶吉庵(ちゃきちあん)」にて、「水分(みくまり)の絆」というイベントを開催いたしました。
この時、巫女舞を披露してくださった柚月恵さん主催の奉納舞「密舞神楽」を拝観させていただきました。
目次
柚月さんとの出会い
「水分(みくまり)の絆」は、サブタイトルを「千早赤阪村アーティストセレクション」とし、千早赤阪村にご縁のあるアーティストのグループ展を主軸として開催されました。
そのイベントの中で、巫女舞や創作舞を披露してくださった御三方の内のお一人が柚月恵さんでした。
▶水分の絆で披露された巫女舞
▶柚月恵さんが舞われた炎の舞
衣装考証のご依頼をいただいて
「水分の絆」終了後しばらく経って、思いがけず柚月さんよりご連絡をいただきました。
内容は、「神社で古事記や日本書紀をテーマにした舞を奉納することになったので、衣装考証をお願いしたい」というものでした。
日本書紀では、初代天皇である神武天皇の即位した年を皇紀元年とし、それは、西暦紀元前660年に相当するとされています。
仮にこれを日本の歴史に当てはめてみると、弥生時代の出来事になります。
一般的に、この時代の倭人(日本人)は、貫頭衣(かんとうい)と呼ばれる衣装を身につけていたと考えられています。
貫頭衣(かんとうい)とは、長い布を半分に折り、中央に開いた穴に頭を通して腰紐で結ぶ衣服です。
▶貫頭衣 Wikipediaより
しかし私は、当時大陸との間に交流があった形跡があることから、ある程度の地位にある人物は、大陸から取り寄せたり、またはそれを真似て作らせた衣装を身に着けていたのではないかと想像しています。
「私が考える衣装には、考古学的な裏付けはありませんが…」と前置きをすると、柚月さんは「鬼無里さんのイメージされる衣装がいいんです」と言って下さいました。
その後、オンラインミーティングの機会をいただき、団員の方も交えて、私のイメージする神々の衣装を伝えさせていただきました。
元岩清水八幡宮とは
今回、密舞神楽が奉納された神社様は、奈良の元岩清水八幡宮様です。
大同二年、行教(ぎょうきょう)が唐からの帰りに八幡宮の総本社、大分県の宇佐神宮から八幡大神(応神天皇)を南部大安寺本房第七院石清水房にお迎えしました。
元岩清水八幡宮は、そんな大安寺の鎮守として建立されたお社です。
その後、京都府八幡市の石清水八幡宮(男山八幡宮)が鎮座する男山へ遷座されたとの伝承がありますが、男山八幡宮では宇佐神宮から直接勧請されたと伝えられているため、混同しないように、元岩清水八幡宮と称するようになったようです。
▶緑に囲まれた元岩清水八幡宮の長い参道。
▶男山八幡宮と同じく、八幡神の鳩が神徒として崇められています。
まずは成功祈願
数日前に柚月さんより、「演者に刀を渡す巫女役をお願いしたい」とのお話があり、到着後はご挨拶もそこそこに、社務所のお座敷で持参した衣装に着替えました。
直後、成功祈願のご祈祷が本殿であるとのことで、私も参拝させていただけることに。
この日に向けて準備や練習を続けてこられた皆さんと、当日のみ参加の私などが同席させていただくなんて申し訳なくも思いましたが、お仲間に入れていただけて嬉しく思いました。
聞き間違いでなければ、祝詞の中で私の名前も読み上げていただいたと思います。
雨の中の奉納
この日は、あいにくの雨模様。
祈祷後、宮司様が「(もう少し待てば、天気が回復するかもしれないので)30分開演を遅らせますか?」とおっしゃってくださいましたが、団員の皆さんは迷うことなく「いえ、始めましょう」ときっぱり言い切られました。
当初は、拝殿の前で舞を奉納し、観客は境内から拝観する予定でしたが、「参拝者が濡れては気の毒」との宮司様のご配慮により、屋根がある割拝殿に観客席を設けることになりました。
逆に演者は境内で舞うことになり、ずぶ濡れ覚悟となりましたが、団員の皆さんは「神様に奉納する舞だから、本殿に向かって舞うことになってよかった」と嬉しそうに笑っていらっしゃいました。
超絶雨女の私は、密かにこの雨に責任を感じていましたが、このような演者の皆さんの前向きな姿勢と、宮司様の「禊の雨」とのお言葉に、少し救われたような気持ちになりました。
こうして、1月の冷たい雨が降りしきる中、奉納舞が始まりました。
天地清浄の舞
最初の演目は、「天地清浄の舞」。
天地清浄の舞は、大東流合氣柔術秘伝の舞とのことで、同じ流派の方にも殆ど知られていないそうです。
澄んだ声が読み上げる天津祝詞に合わせて、邪気を払うかのように剣や杖が宙を突き、鈴の音が周りの空気を浄化します。
▶清らかで緊張感のある空気感が心地よい「天地清浄の舞」
▶剣や杖をお渡しする巫女役として、共演させていただきました。
造化三神
場を清めたあとは、天地開闢(てんちかいびゃく)のシーンから、神話の世界が始まります。
「古(いにしえ)に天地未だ剖(わか)れず、陰陽分れざりしとき……(日本書紀)」から始まるこの冒頭部に、古代日本人の優れた宇宙観を感じます。
天地も陰陽(男女)もない混沌とした世界から化(変化を繰り返す)し、やがて(造形物として)成ったと表現される三柱の神々。
天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)
高御産巣日神(たかみむすひのかみ)
神産巣日神(かみむすひのかみ)
ここから、世界が創造されていきます。
伊邪那岐命と伊邪那美命の愛憎
高天原の神々より国造りの命を受けて、一組の両性が地上に降り立ちます。
イザナギとイザナミは夫婦の契りを結び、次々と日本列島を構成する島々を生み落としていきます。
やがて、火の神を生んだことにより、命を落としてしまうイザナミ。
愛しい妻を連れ戻したい一心で、イザナギは黄泉の国へ旅立ちます。
しかし、すでに黄泉の国の食べ物を口にしてしまったイザナミは、もうこの世に戻ることはできません。
最終的には、イザナギが妻を拒絶したように見えますが、実はイザナミが愛する夫を想い、現世に帰るよう促したのではないか。
夫婦の別れのシーンから、私はいつもそのような印象を受けます。
そんな、愛と憎しみが複雑に交差する、美しくも哀しい世界でした。
火の神の誕生
「水分の絆」で柚月さんが舞ってくださった炎舞。
前回は柚月さんの一人舞台でしたが、今回は三名の演者による迫力の舞です。
私はこの舞を見て、母イザナミの命と引き換えに生まれた火の神「火之迦具土(カグツチ)」をイメージしました。
火はヒトに、土や鉄から道具を作り、生では食べられない食物を調理する知恵を与えました。
しかし同時に、すべてを焼き尽くし、灰に変える恐怖と凶器をもたらしました。
カグツチの誕生には、火を操ることを知ったヒトへ対する、「侮るなかれ」との戒めが込められているような気がしています。
はかなく美しい木花之佐久夜毘売
日向に降臨した瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と恋に落ちた、木花之佐久夜毘売(このはなのさくやびめ)。
父の大山津見神は、姉の石長比売(イワナガヒメ)も共に輿入れさせようとしましたが、ニニギは美しい木花之佐久夜毘売のみを娶りました。
しかし、姉妹の女神にはそれぞれ役割があり、石長比売を返したことで、ニニギとその子孫には人と同じ寿命が与えられることになりました。
一方の木花之佐久夜毘売には、「木に花が咲くように(天皇を)繁栄させる」役割がありましたが、永遠を意味する石長比売がいなくては、その繁栄も咲いては散る花のように、はかないものになってしまいました。
武御雷神と建御名方神の戦い
出雲の国譲りの有名なシーン。
天照大神によって出雲に派遣された建御雷(タケミカヅチ)は、十掬の剣(とつかのつるぎ)を波の上に逆さに突き立てて、その上で胡坐を組み、大国主に国を譲るよう迫ります。
大国主は「息子たちに聞いてくれ」と言い、息子の一人、事代主は戦わずして服従しました。
しかし、もう一人の子、建御名方(タケミナカタ)は建御雷に力比べを持ち掛けます。
重力を感じさせない神々の戦いが、見事に表現されていました。
思金神の苦悩
素戔嗚の暴乱に恐れを抱き、天岩戸の陰に身を隠してしまった天照大神。
この世が闇に覆われ、天照大神を外へ連れ出すために、策を練る神々。
ここで、国譲りの際にも神の選定を行った思金(オモイカネ)が、神々に知恵を与えます。
知恵の神、思金。
三国時代と弥生時代が重なることから、大陸の学者風の漢服を提案させていただきました。
私が参考資料としてお見せした写真は頭巾をかぶっていましたが、冠を着けることで神様らしさがアップしていました。
妖艶で官能的な天宇受賣命の舞
思金の発案により、神々は岩戸の前で楽し気な宴を開き、天照大神を誘い出すことにします。
天宇受賣(アメノウズメ)は、全裸に近い姿で官能的に舞い、それを見て神々は大声で笑います。
その声を聴いた天照大神は、外の様子が気になって仕方ありません。
巫女や芸能のもととも言われる天宇受賣。
チェアレスクのセクシーな舞が、想像以上に古事記の世界にマッチしていて驚きでした。
天之手力男神が岩戸を開く
神々の楽し気な様子に堪え切れず、天照大神はうっすらと岩戸を開きます。
そこですかさず、力自慢の天之手力男神(あめのたぢからおのかみ)が手をかけ、岩戸を開け放ちました。
天照大神の登場
岩戸が開き、現れた天照大神。
闇に包まれていた世界に光が戻り、歓喜に満ちた神々の舞が始まります。
最後は、観覧席にいた人々も、神々とともに舞い踊り、感動のうちにフィナーレを迎えました。
たしかに、あの日、あの場所に、神々が降臨していました。
頭の中で想像するだけだった神話の世界を、この目で見てみたい。
そんな長年の夢を叶えていただき、団員の皆様には感謝しかありません。
最後に、古事記の世界観を余すことなく、写真の中に納めてくれたとくいさとしさん。
本当にありがとう。
おかげで、感動の場面をいつでも振り返ることができます。